LSDの加速時の動作


さて、次に加速時のLSDの効果について書いてみましょう。

LSDには減速時には効かない1wayなんてのも有りますが、加速時に効かないLSDは存在しませんね。
LSD自体が元々加速時のトラクション確保のために開発されたものですから、まあ当たり前ですね。
ここでも簡略化のために、まず始めにデフが直結だと仮定してみましょう。

デフが直結だと減速にはアンダーステア方向にする力が働きましたね。では加速時にはどうなるでしょうか?
まず始めに、左右の荷重移動が少なく、ゆるい加速のケースを考えてみましょう。 例えば低速で交差点を曲がる時などがこれに当たりますね。
加速時にも荷重の少ないイン側のタイヤは空転しますが、その力が外輪にブレーキをかける力よりも大きなエンジンの力が有るので、車が加速することになります。 ということは、外輪にブレーキを掛けて減速する力は今回は掛かりませんね。
しかしながら、イン側のタイヤが完全に滑って空転しているということは、イン側のタイヤは最大のグリップ力で、ホイールスピンしながら前に行こうとしていることになります。

例えば車重を1200Kgとし、前後重量配分が50:50ならば後輪には600Kgfの荷重が掛かっていることになりますね。
そして荷重移動量が少なくイン側に掛かる荷重が200Kg、外側が400Kgとするならイン側のタイヤが前に進もうとする力は、

Fin = μ × N = μ × 200 × 9.8 [N]
なので、

Fin =  1764 [N]
ですね。

対する外側のタイヤは、少し加速する程度なのでタイヤのグリップの限界を出しているわけでは有りません。
よって加速度が低い時、具体的に言うならタイヤが路面を押す力がイン側に掛かる1764 [N] よりも小さければ、これまた車体のヨーを戻す力のモーメントとして働き、つまりこれは減速時同様アンダーステア方向にする力となるわけです。

一般に言う“プッシングアンダー”を起こす理由の中には、この効果も含まれていると私は考えています。
LSDを入れるとプッシングアンダーが強くなることからも、この要素があることは間違いないでしょう。
実際に車庫入れや交差点を曲がる時に少し加速しようとすると、車を真っすぐに向けようとする力を感じるはずです。
イン側のタイヤが滑るのでぎこちないですしね。 まあ、このようなケースにおいてはLSDはデメリットが多く、メリットが全くないわけです。 これでは市販車に標準搭載されていないのも当然でしょう。


では次に左右の荷重移動が大きく、加速度が大きいケースを考えてみましょう。
つまりこれは、横Gが大きく加速Gも大きいケースですね。 ハイグリップタイヤを履いて、ハイパワーのエンジンでコーナーから脱出する時などがこのケースに当たります。
ではまた、タイヤのグリップ力を計算してみましょう。 今回は横Gが大きい例なので、外側の荷重が90%としてみましょうか。
つまり600Kgのうちの、10% 600×0.1= 60 Kgf が内側のタイヤに掛かる荷重です。

この時イン側のタイヤが前に進もうとする力は、

Fin = μ × N = μ × 60 × 9.8 [N] = 529.2 [N]
となりますね。

また外側は
Fout = μ × N = μ × 540 × 9.8 [N] = 4762.8 [N]
です。

よってイン側のタイヤが出すことが出来る、最大の車体の加速度は、
529.2 / 1200 / 9.8 = 0.045 [G]

アウト側のタイヤは
4762.8 / 1200 / 9.8= 0.405 [G]
となりますね。
左右を足せば当然、最適解へのアプローチに書いた0.9の半分の0.45[G]です。


ちなみに加速時には荷重が後ろに移動するので、前後重量配分が50:50 だと実際には出せる加速Gがもう少し大きくなりますが、まあ簡略化のために加速時にも前後の荷重は50:50 としておきましょう。

すると、外側のタイヤはイン側のタイヤの10倍近くの力を出すことが出来る事になりますね。 でもここで注意しないといけないことは、イン側のタイヤは曲がっている時には常に空転しているため、少ないながら常にこの力を発生しているのです。
ですから、外側のタイヤが出す力が529.2 [N]以下、つまり車の加速Gが 0.045×2 = 0.09[G] 以下であれば直結デフやLSDはヨーを戻す力を働かせてしまうわけですね。

ところが!! この時の車の加速Gが0.09[G]よりも大きければ、今度は外側のタイヤの方がイン側のタイヤよりも大きな力で前に進もうとするのです! そして外側のタイヤはイン側の10倍近い力を出すことを許容するのです。

まあこれは当たり前の話ですが、これを単に「トラクションが掛かる」で終わらせていませんか? 
もう分かったと思いますが、今度はLSDが「ヨーを作る方向の力のモーメント」として働くのです。 これは戦車のキャタピラの左側よりも右側へ大きな力を配分すれば、ヨーが作られて左へ旋回するのと同じ原理です。
これは、動的に左右にトルク配分するランエボの電子制御、AYCが後輪でヨーを作って良く曲がるのと似た原理です。(ランエボが左右の荷重移動に関わらず、センサーを駆使して動的にトルクを配分するデジタル式なのに比べ、こちらはアナログな手法でヨーを作ると言えるでしょう)


図3 直結デフは、加速時にヨーを作る事がある。


つまり、「大きい横Gでの旋回中に、大きい加速度で加速する時」。
普通の市販車には付いていないLSDの真価は、こういった場面ではじめて発揮されるわけです。

このLSDによるヨーを作る力が発生すると、ステアリングがセンターステアに近い状態のままで、ずっと曲がり続けることが出来るのです。 これは車にもよりますが、例えば車体のヨー慣性モーメントが小さいS2000だと、高速コーナーの後半の加速区間で本当にハンドルをほとんど切らずに、且つ完全なグリップ走行で曲がることが出来ます。
もちろん、LSDがヨーを作る効果が出るまではハンドルを切っている必要が有りますが、アクセルを踏んで加速するに連れ、遠心力が増し加速度も増すので、徐々にハンドルを真っ直ぐに戻すことになるのです。

これは本来の意味でのオーバーステアの様なフィーリングで、舵角が一定だと加速するほど小さなRを描くというのは慣れるまでは違和感があるかもしれませんね。 ただこれが、LSDを搭載した車の運転方法なんです。

注意したいのが、旋回中にアンダーステアが出るとハンドルを切り増してアクセルを戻したくなりますが、それだと上記のようにLSDがヨーを戻して余計にアンダーステアが強くなりますからね。 ここで逆にアクセルを踏み込んで荷重移動量を横にも縦にも増やしてやると、良く曲がるようになるはずです。 もちろん、この時タイヤの限界の手前で走っていることが前提ですが……。

ではLSDが付いている車でアクセルを踏めば更に曲がるのか、或いは逆に限界を超えてアンダーステアになるのか? 
それを判別するための、一つ方法を書いておきましょう。

皆さん、“タックイン”というのはご存知ですね?? これはFF車などで、旋回中にアクセルを戻すと前輪に荷重がかかって、車体を内側に向けるヨーが発生する現象のことをいいます。 ちなみにこれは、FF車でスピンする典型的な要因なのですが……。
タックインは基本的に前輪が駆動していない車には使わない言葉らしいですが、実際には後輪駆動車でも全く同じ現象が起きます。 FRでもアクセルを戻せば同様に荷重が前に移動しますからねっ。

ただ、このLSDがヨーを作りながら曲がっている時にアクセルをポンと戻すと、タックインの逆方向の、外側にヨーが戻ることが有ります。 私はこの現象を“タックアウト”と呼んでいますが、そんな呼び名があるのかどうかは知りません(笑)。

LSDによるヨーイングが効いている時には、このタックアウト現象が起きることが有ります。 本来ならばアクセルを戻せば前輪に荷重がかかって内側に曲がるはずですが、LSDが付いている場合には、前輪に荷重が掛かる効果よりも加速時にLSDがヨーを作る効果の方が高いことがあるのです。 だから、アクセルを戻すと逆にアウト側に車体が向くわけですね。
(勘の良い人なら気づいたかもしれませんが、これが2wayのLSDならアクセルオフでエンジンブレーキによる減速となるので、今度はLSDがアンダーステア方向に働くことも大きな理由の一つでしょう)

もしもこのタックアウト現象が起きたなら、LSDを使ったヨー作りが出来ていたといえるでしょう。
ただLSDが作るヨーや、その時のハンドルの舵角については車体の素性(ヨー慣性モーメント、重量配分)やセッティング(サスペンション、車高、トレッド、アライメントなど)によって異なりますので、その辺りは心に留めておいて下さいね。


続く……。

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